めざせ!!とっぷあんぐらぁ♪

無名BASSプロアングラーのドキュメンタリーBlog!
金なし、コネなし、経験なし・・・(爆)
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プロフィール
・性別           男性
・誕生日         5月2日
・職業         会社員&バスプロ
・好きな食べ物     いなり寿司
・趣味         ハンドメイドルアー製作

JBバスプロ協会所属の無名のトーナメンターのドキュメンタリーBlog!
果たして、トップアングラーになれるのか?


ストーリー

むか〜し、昔ある所に何でも悪さばかりしては先生や両親を困らせていたと言う、それはそれは活発な小さな男の子がいたそうな…。

小学生の頃は、学校が終わると暗くなるまでサッカーをしていたサッカー少年でした。基本的に目立ちがり屋で学校で欽ちゃんの仮想大賞みたいな行事があったんですけど、友達同士で参加する事が多い中で自分は一人で参加して大いに注目を浴びてまいした。

勿論、この頃日曜日になると親父に連れられ海釣りをしていました。

そんな活発で元気な男の子に、ある日その後の人生を大きく変える出来事があったと言う…。

小学6年生の時に両親が離婚してしまいました。
まだ、小学生だった自分は「どうして…、なんで…?」の繰り返しで訳が解らぬまま母親に引き取られる事になり、学校では友達に自分の両親が離婚したと言う事を知られたくないあまりに、今までの様に積極的なれず、次第に引きこもるようになっていました。

その後、中学生になった男の子は両親を憎むようになり、あらぬ方向へ進み始めたという…。

普通は、こういった家庭環境になると不良になるかもしくは母親を助ける子供になると思いますが、小学生から引きこもりが尾を引き、少し大人になった私は両親を憎むようになっていました。

反抗期だった私は少しでも母に注意されると尋常でないキレ方をして、母を泣かせ、次第に会話をする事もなくなり、完全に一人の世界に入っていきました。

外でストレスを発散する事の出来なかった私は家庭内で暴力を振るう事しか出来なかったのです。

そんな男の子にその後父親になる男性が現れ、同居することになったそうな…。

中学3年の高校受験前に母が男性を紹介してきました。何を考えてるのか、その当時解りませんでした。あきれて物も言えませんでした。

紹介されて直ぐに同居することになり、その男性には死に分かれた奥さんの間にできた娘さんがいました。

私には姉がいるのですが、姉と男性の娘さんが実はお友達だったのです。
別にこの二人が仕組んだ訳ではないので、母と男性はビックリ仰天!

私は、さらに複雑な家庭環境に置かれました。

しかし、この男性は真面目で誠実、努力家で愛妻家であったため、いつしか尊敬の念を抱くようになりました。こんな男になりたいと…。

そして、同時に自分の事が嫌になり、いままで自分のしてきた事を後悔するようになってきました。

男の子は高校を無事、入学するが自分が嫌いなまま高校3年間を過ごす事に…。

とにかく頭が悪かったんですが、なんとか県立の高校に入る事ができました。

合格発表の日、とりあえず合格した事を母に電話で伝え、家に帰ることに…。そして家に着くと…衝撃的な光景が私の目に飛び込んできました。
母がものすごい顔で泣いています。何が起きたかと思った瞬間…母は私に抱き付き「頑張ったね、頑張ったね」と泣きながら言ってくれていました。

その時、私は初めて親の愛というものに触れた気がしました。母は今までも私に愛を注いでいたのでしょうが、私が気ずいてあげられなかっただけなんです。


それから、さらに自分の事が嫌いになっていた私は、夢中になれるものを探しました。


バイクです。私は高校1年生から20歳くらいまで原付のバイクレースをしていました。暴走族ではないです。レース場を思う存分、走っていると何もかも忘れられるんです。同じ趣味を持つ友達が沢山、出来ました。

やがて…男の子は社会人になり、険しい大人の階段を登る事に…。

高校を卒業して直ぐに働いたんですけど、社会がこんなに厳しく冷たいものだとは思ってもいませんでした。学生の時では許される事も社会人となれば、そうも行きません。自分の考えのあまさに気ずきました。

家族ともギクシャクした状態が続いていて、精神状態がおかしくなっていました。唯一の救いがバイクでした。

その後、男の子は家を出る事を決意しました。…そこで一人暮らしを続けていたある日、生涯を共にする女性が現れたそうな…。

こんな私を好きと言ってくれた女性に出会い、まだ二人とも若かったん出すけど直ぐ結婚する事になりました。

私は一生懸けて妻を幸せにします。

それから男の子は結婚して間もなくバス釣りに出会う事に…。

会社がお盆休みに入ったと同時に私は風邪をひいて寝込んでいたんですが、そこに友達から電話があり、バス釣りに行こうと誘われました。前から、バス釣りに興味があって少しはやっていたのですが、なかなか釣れずバスと言う魚は釣れない魚と認識していました。

風邪もひいていて熱もあったので断ろうと思っていたのですが、その友達は「絶対、釣れるから」と言って、どうしても私を連れて行きたい様子でした。友達は私より年上だったので断るに断れず、行く事を決意しました。

待ち合わせは夜の10時…。車で2時間の釣り場まで向かう事に…。

行きの道中、友達は私に釣りの話を熱く語っていました。熱で頭がくらくらしていた私は、あいずちをしながら思いました。なぜ、この人はこんなに熱く、しかも楽しそうに語れるのだろう…と。

2時間のドライブでようやく釣り場に着いた男の子と友達は、釣りを始める事に…。そこで男の子はバス釣りの楽しさを知る事になったそうな…。

真夜中、釣り場に着いた私達は懐中電灯を片手にポイントに着き、釣りを開始しました。

友達は、開始して間もなく一匹目を釣りあげていました。それを見ていた私は、何でそんなに簡単に釣れるのと思い同時にくやしい気持ちになりました。その後も私には釣れず友達はボコボコ釣っていました。

見るに見かねた友達は、私に釣り方を詳しく教えてくれました。すると、さっきまで釣れなかった私に一匹のバスが釣れたのです。この瞬間、私に稲妻が落ちてきたような快感に襲われました。

その後、私と友達の二人の時間がゆっくりと流れ生涯忘れる事の出来ない一日過ごす事ができました。

男の子は、それからと言うものこのバス釣りにどっぷりとはまり、やがてこの釣りを誰よりも上手になれる様に、そして楽しさを一人でも多くの人に伝えたいと思う様になり、バスプロになる事を決意したと言う…。

バス釣りが本当に大好きです。大好きだからこそ続けられます。続けられるからこそ、誰よりも上手になりたいのです。

上手になってバス釣りの楽しさを子供達に伝えたいです。そして子供達に愛される釣り人になりたいです。

こんな言葉を耳にした事があります。


「幸せになりたいなら、釣りを覚えなさい」


釣りは人に、幸せを運ぶ。私はそう信じています。

そして、この男の子の物語は続くのでありました。






いかがでしたでしょうか?重くて、暗〜いお話になってしまい、しかも話が途中で飛んでましたね!

それでも少しは私の事を解って頂けたんじゃないかと思ってます。バス釣りに限らず釣りの楽しさこれからこのブログで伝えられたらと思います。関係無い話も出てきますが…


ここまで読んで下さった皆様、本当に有難うございました。これからの応援の程を宜しくお願いします。